第3章 「秋晴れの一日」

 

   
人口1000人ほどのチャチルは、宿泊施設も少ない。
   ホテルが4軒。B&Bも4軒。それだけ。
   ヒロは、離日前に電話したB&Bまで、タンドラバギー・ショップの店員に
   送ってもらった。ヒマなのか、ホントに親切な人ばかりなのか、
   皆、笑顔で気さくに接してくれる。まあ、犯罪が起きても道がないから
   空港か港か駅を張っていればすぐ逮捕されちゃうし。あとで聞いたがほとんどの
   家はカギをかけないで外出するらしい。

   Vera Gould's B&B。グーズ夫人が一人で切り盛りするキレイなB&Bだ。
   部屋は4部屋。1泊朝食付きで35C$で税金はつかない。バンフの
   3分の1の相場だ。ナショナル・ジオグラフィックの大ファンの夫人の宿には
   本棚や机にたくさんの自然科学雑誌がおいてあった。
   ヒロの部屋は日当たりの良い2階の一室。バストイレは廊下を
   はさんだ向かいにある。今夜から13日まではアメリカ人が一人、
   フランス人カップルの2人が同じ宿泊客だ。
   夕食は、メイン通りのケスレービルボード沿いのレストランへ。
   カリブーの肉とパン。カナダではポピュラーなシーザーサラダ。
   曇りの夜なのに、意外と昼間より寒くなかった。ここも地球温暖化の
   影響を受けていると、のちにパークス・カナダの職員から聞いた。

   翌朝、朝食までのあいだ、宿の近所を散歩したあとリビングに
   戻ると、皆TVにクギ付けだった。あれ、昨日ウイニペグの空港で
   見たTVの画面に似ているような・・・
   息を呑んだ。WTCのノッポビルに突っ込む2機のジャンボ。何度も
   プレイバックしながらTVのキャスターが鎮痛な顔で話してる。
   「ヒロ、知らなかったのかい?」べラ夫人が言う。
   ヒロはこの時初めて、事のてん末を知った。すごく気が重くなった。
   知ってる人は行っていなかったよなあ・・
   朝食後に空港へ電話する。やっとつながっても、どうなるか分からないという。
   明日の朝にまた電話するように言われた。
   いろんな事をちょっと考えたが、考えても仕方がなかった。
   今日はレンタカーを借りて町の周辺を巡る予定だった。
   天気は上々だし、じっと宿にいても意味がない。でかけることにした。

   1軒しかないレンタカーオフィスは、個人でやってるところだ。
   聞けば町長さんの奥さんだった。言われた注意はただひとつ。
   「ポーラー・ベア-に気をつけてね」
   気をつけてねって云われたって、逢っちゃったらどうすんのよ?
   死んだフリ?銃なんか持ってないし・・・
   「ジョウダンよ。今はほとんどいないワ。」 大笑いしながらキーをくれた。
   車を出して、まず向かったのは町のはずれにある「エレベーター」。
   麦などの穀物を備蓄しているとてつもなくでかい倉庫だ。
   ウイニペグから100両以上の長い貨物列車が一日に何度もここへ来る。
   港に面していて、大量の穀物を北極海経由で大西洋まで運ぶのだ。
   倉庫には近づけないので、近くの古い建物のあたりを歩いた。
 
   次に行ったのは、ケープ・メリーという岬。
   左にハドソン川の河口、右にはハドソン湾がある。岬は
   平坦な大きな石と岩でできている。かつて氷河がこの上を通り、
   削られたあとなのだそうだ。岩の切れ目に溶けた氷が入り、冬に
   膨張して岩を割る。そこへ氷河に溶け込んだ水晶の粒子が入り、
   長い間にかたまる。なので、岩には水晶の白い線がたくさん入っている。
   化石もよく出てくるらしい。石灰石も多いので、日本でも良く見る
   フズリナ(紡錘虫)の化石がいっぱいあった。
   ハドソン川の水面をベルーガが時折その白い背中を見せて
   泳いでいた。哺乳動物なので、鯨と一緒で潮を吹くために水面に
   出るのだ。

   この日はそのあと、嵐で座礁した輸送船がそのままある岸や、
   NASAが1960年代から行ったロケット実験の跡地や、
   「Northern Study Centre」という学生のための研究施設、
   「ミス・ピギー」と呼ばれている、不時着した貨物機の残骸などを
   見てまわった。船も飛行機も、そのままにしてある。
   処理すると費用がかさむし、そのままでも自然に影響はないし、
   人々の生活にも支障はないと判断されたかららしい。
   これらを見にいく車窓からは、晴天に恵まれたタンドラの
   ひろーい景色と沼辺にいる渡り鳥たちがとてもキレイだった。
   
   日が暮れて、夕食を済まし、午後11時頃に外へでた。
   ちょっと雲がでていたが、星は見える。いよいよだった。
   町の明かりが少ないところへ。「Polar Bear Aleart!」の看板が
   すごく緊張させる。どこかでシロクマがじっと見ているように感じる。
   だまっていると本当に怖い。気づいたときは、もう遅いらしい。
   腹をすかせたシロクマは、この時期、好物のアザラシが少ないので
   食べ物の匂いがする町中へ来るという。まだベストなシロクマシーズンではないが
   町の夜間パトロールは始まっているようだったのでドキドキしてしまう。
   三脚を立て、カメラをセットする。事前に調べた設定にして、
   あとはカンと運まかせの初オーロラ撮影だった。

  

  シャッターを何十秒ごとに切る。時計の秒針とにらみ合いながらも
  肉眼で食い入るようにオーロラを見つめつづけた。

   手前に見えるのはちょっとしたヤブで、その向こうは
   ハドソン湾だ。北東の空に出たオーロラは5分ほどで消えた。
   消えたと思ったら、実は頭上に移動してきていた。
   光のカーテンが極北の風に音もなくそよぐ。大きすぎて
   カメラに入りきれない。しばらくして同じ北東の空にまた強い光が出た。

  

  雲がオーロラを横切って移動するので、長時間の露出写真にはぼやけて写る。
  これでもISO400で30秒の露出。星が点像になるギリギリの露出時間。
  
  この夜は同じ場面をいろいろ設定を変えたり、
  写す場所を変えたりしながら30枚ほど撮った。
  

                       つづく
  
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