第2章  「Tundra Baggy Tour」

   
   ヒロの乗ったFK631便は、定員8名の双発プロペラ機だ。
   トイレはなく、座った座席のすぐうしろには、
   乗客の荷物が山積みされている。そして猫と犬が足元でニャ−ニャ−
   ワンワン言っている。座席は、日本国内の街中でよく見かけるワンマンバスサイズの座席に
   細いシートベルトだけ。
   窓の外は、離陸直後から広大な畑がさまざまな色でふちどられ、
   さらにそれらは巨大なパッチワークになる。カナダ中央部独特の
   景色、”プレーリー”だ。ここで作られる膨大な穀物類の一部は、鉄路を
   3日かけてチャチルへ運ばれ、ハドソン湾から北極海、大西洋を越えて
   輸出される。あとで紹介するが、チャチルには巨大な「Elevatore」と呼ばれる倉庫がある。
   (ここで補足しておくが、カナダの公用語は英語とフランス語だが、
   英語はイギリス英語だ。アメリカ英語のつづりで「er」と表すのを、カナダ国内では
   「re」と表記することが多い。)
   「Glacier Water」というミネラルウオーターとクッキーをほおばっていると、
   知らないあいだにプレーリーがなくなって、
   かわりに大湿原地帯が見えてきた。マニトバの中央に位置する
   「ウイニペグ湖」と、周辺の小さな湖、沼のひとつひとつに太陽が反射する。
   ここをすぎると、もう景色の中に背の高い植物はなくなっていった。

   午前11時半、チャチル空港到着。
   空港は数年前に建て直されたらしい。キレイな、そしてガランとした
   ロビー。セブンイレブンほどの広さだ。ヒロ以外の乗客には
   迎えが来ていたり、車をパーキングに置いていたりしていたようで、
   さっさと外に出ていった。はて?タクシーは?
   それらしい車や、ドライバーなんていない。カウンターで呼んでもらおうか。
   っと、誰か話かけてきた。「ユー、どこへ行く?」
   「タンドラ・バギーのショップだけど」
   「乗れよ」 「えっ?」 「:@*+}%|¥・・・」 「・・・・・」ネイティブな英語。早口で分からない。
   どうやら、タクシーじゃないけど乗せてくれるらしい。
   ちょっと怪しい気もしたが、こっちは時間があまりない。
   信じていいなりになることにした。
   彼の車は、白い小型バスだった。「Wildness Encounter」って書いてある。
   個人でやってるツアーかな?
   空港から町中までは10分ほどだった。チャチルは、メインの舗装道路が
   ハドソン湾の海岸に平行して走っている。その通りと海岸線に挟まれるように
   住宅街が広がり、通りをはさんだ反対側には鉄道が走り、その向こうは河口間近なハドソン川だ。
   タンドラ・バギー(日本ではツンドラというが、こちらではタンドラと発音している)
   のショップは、そのメインの通りの一番奥の端っこにあった。
   彼は、ただヒマだから送ってくれたのだろうか。お金はいらないと言ってくれた。
   平屋のログハウスの重い扉を開けると、店内にはたくさんのシロクマグッズ。
   ここで、30分ほどシロクマに関するVTRを見て、バギーの発着場までえらく揺れるバスで
   移動した。さっき通った道を戻る。空港の脇を抜け、さらに20分ほどで
   何台ものバギーが見えてきた。どうやらここが発着場らしい。いよいよ出発。

  
  
   タンドラは、地下に眠る氷床の上に、日本でいう高山植物の根と
   土壌がのっかったような地帯だ。なので地面の感触は柔らかく、
   季節によって高低差が生まれる。地下の氷が夏に若干溶けるからだ。
   全ての植物は低く、石灰質の岩がときおり飛び出している。
   2万年前に終わった、最後の氷河時代の後期からこの風景はほとんど変わっていないという。
   360度の地平線と水平線だ。
   夏と冬のあいだに、ほんの約10日間だけ、秋がここにも来るという。
   タンドラ特有の針葉樹や、たくさんの種類のベリー、そして蘚苔類が
   赤や黄色、オレンジ色に変わる。空には渡り鳥が冬の準備を始める。
   カナダ雁や、カナダスワン。VTRにはカリブーの子供も収めることができた。

  

   カナダスワンは、ここからさらに1000〜2000キロ南下するという。

  

   チャチルは、ハドソン湾の海岸線とハドソン川の河口にはさまれる位置にある。
   その河口には、夏〜秋にかけて白イルカ(ベルーガ)が何百頭も現れる。
   夕刻には西日を受けた川面に、ベルーガの白い背中がキレイに光る。

   バギーは、まさにシロクマ観察のためだけに作られた特殊車だ。
   4輪の大きなタイヤで車高を高くすることで、シロクマに至近距離まで近づける。
   トップシーズンの10月〜11月半ばには、この辺りは雪と氷で真っ白になり、
   その中を、アザラシを求めてシロクマが悠然と歩くのだ。

  

   ツアーは、4時間。午後5時を回った頃にショップへ戻った。
   だいぶ冷えてきた。北緯58度の海風は冷たく、曇りの重たさが
   暖かさを余計に恋しくさせる。
   あと1ヶ月もすれば、最高気温でも摂氏5度を超えないという。
   今年はこれでもまだ暑いくらいだそうで、シロクマたちもまだチャチルまでは
   南下していないかもしれない。やはり時期的には遭遇は難しいといわれた。
   事実、かすかな望みを託していたバギーツアーでもシロクマは1頭も発見できなかった。

   ショップで寒さしのぎにブリリアングリーンのフリースを買った。胸には「CHURCHILL」と書いてある。
   今晩は曇りだからオーロラもムリだろう。全ては明日に期待して
   宿泊先のB&Bへ向かった。


                      つづく
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