第14章   「Mt.Assiniboine View」

  キャンモアのヘリポートから、Mt,アシニボインを目指すヘリツアーは
  30分間の飛行予定だ。
  「Mt.Assiniboine」〜標高3618メートル。ブリティッシュコロンビア州と
  アルバータ州の境にあるMt.ロブソンと並び、カナディアンロッキーの
  二大高峰のひとつ。「ロッキーのマッターホルン」と呼ばれ、
  毎年多くの登山家が登頂を目指す。山麓までならトレッキング感覚で大丈夫だが、
  それ以上はほとんど手付かずの大自然なので、
  登頂にはかなりの経験が必要とされ、そうカンタンには制覇できない。
  なので、手軽なヘリツアーはいつも人気だそうだ。

  キャンモアのシンボル、スリーシスターズの右側をかすめ、
  さらにヘリは高度を上げた。
  スリーシスターズの裏手にまわると、スプレイ湖が左側に見えてくる。
  山と山の間を南北に細長く伸びるスプレイ湖は、バンフに流れるボウ川に
  つながる。すべては氷河の溶け出した水が作り出した地球の記憶だ。
  スプレイ湖は、アシニボインからの帰りに上空を飛ぶ予定だった。
  
  雲が多くなってきている。ときどき、ちぎれ雲の中に飛びこむ。一瞬、
  視界が白くなるだけだが、旅客機の窓から見るのとでは迫力がチガウ。
  ヘリに乗るならやっぱり助手席が一番だ。
  視線の向く方向と同じ方向に飛ぶことが、どんなに楽しい気分にさせてくれる
  ことか。これだからヘリはやめられない。
  アシニボインの絶壁が遠くに見えてきた。手前に解けた氷河の水が、小さな
  湖を作っている。ロックフラワーの色が太陽光線に映える。
  
  
  この日は雲が邪魔に感じるくらい多い。山頂も雲にかかってしまっていた。
  パイロットのサイモンが、説明している。気流が強いらしい。
  「できるだけ近づいてみる」と言っている。目の前に氷河と絶壁が迫ってきた。

  
  
  ヘリは絶壁の右側から左へ、絶壁を舐めるように飛行した。
  すこしづつくずれた砂や岩が、岩肌にキレイな三角州をつくっている。
  そして、まるで爬虫類の皮膚にも似た、均等にひび割れた氷河の背中が
  眼下に横たわる。ひびの奥は神秘的なエメラルド色を放つ。
  氷河特有のいわゆるロックフラワーの芸術品並みの色だ。
  
  
  視界を反対に、つまり絶壁を背にすると、ヒロたちが
  いかに標高の高い位置に浮遊しているかがわかる。
  マウンテンゴート(岩場にいる山ヤギ)がいないかと
  キョロキョロ探すが、ヘリの爆音のためか野生動物が
  ぜんぜん見かけられない。
  
  
  アシニボインの氷河とグロリア湖

  ヘリはさらに山肌を右側に見ながら飛ぶ。
  ヘリを取り囲むような氷河と、標高が高いためか、
  空けたヘリの小窓から吹き込む風が異常に冷たくなってきた。
  ビデオカメラと、一眼レフと、コンパクトカメラ、
  そして肉眼を交互に使いながら、景色を焼き付ける。インカムから
  サイモンが話し掛けてくる。「スピードはこれでいいか?」
  「もっと、遅くっ 氷河が捉えきれないっ」
  「OK! でもあまりゆっくりはできないよ。」
  グロリア湖の上には太陽が照っているのに、こっちは全く光がささなく
  なっていた。天候が目まぐるしく変わる。風が強く、機体がゆれ始めている。

  

  本当は、旋回してもう一度アシニボインを見たかったが、
  さすがにムリみたいだったので、
  目線を前に移した。左側は崖、右側にも山の稜線が見えてきている。
  すり鉢状の谷の上を飛んでいるみたいだった。「Marvel Pass」と呼ばれる、
  かつての氷河が通った跡だ。この先にスプレイ湖がある。
  ちなみにヘリポートからアシニボインに向かうルートも、
  氷河が通った跡「Assiniboine Pass」と呼ばれるのだ。
  
  

  麓に降りてくると、天気も回復してきた。
  ヘリにはバックミラーがない。振返ろうにも身体は4点式のシートベルトで
  ほとんど動けない。山頂が見たかった。ロッキーのマッターホルン。
  さぞかし神々しかったにちがいない。
  アシニボインは、かつての先住民が1800年代にイギリス人に教えた名前だ。
  麓に広がるカナナスキスの町の名もそうらしい。

  
  晴れてれば、トレッキングコースからは雄大な姿を
  見ることができる。
  

  ヘリはスプレイ湖の上空にさしかかっていた。


                             つづく




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