第10章 「サルファーマウンテン」
そのダイアリーは、そぼふる小雨に打たれながら
ボウ・リバーのほとりのベンチで、主の帰りを待っていた。
たまたま通りがかった老夫婦がこのダイアリーを見つけ、
困っていたところへヒロが通りがかった。

ギフトショップ・コウヤマに、韓国人女性が働いているのを
思い出し、その人に読んでもらえれば何かわかるかも・・と考えて、
そのダイアリーを夫婦から預かった。
パラパラと中身を見てみたが、まったく読めない。
英語すら書いてない。でも所々に、風景の写真や、色鉛筆で
書いた風景、そして学生風の男女の写真があるところから
この写真に写っている誰かのダイアリーで、カナダ西部の旅行記
のようだった。
早速BMXを、来た道に走らせ、ギフトショップ・コウヤマへ向かった。
だが、店内は夕方の込みあう時間帯らしく、スタッフの
韓国人女性は接客中なのが、外から窓越しに見えた。
ちょっと待ってみたが、手があきそうにない。
いろいろ考えたが、いい案が浮かばず、BMXはまた元の
遊歩道へと戻りかけていた。
途中、ブリュ−スター・バスのバスディポ(バスターミナル)にも寄ってみた。
もしかしたら持ち主がバックパッカーならばいるかも知れないと
思ったからだ。でも誰もいなかった。どうしよう・・・。仕方ない、元の場所に
返しておこうと思った。濡れないように、ブリュ−スターで宅急便用の
袋をもらい、その中にダイアリーを入れて、表には「Your diary is here!  For Korean.」
と書いた。持ち主が探しにまた戻ってくるかもしれない。
うしろ髪ひかれる感が少ししたが、明日またここへ寄ってみることにして
夕食をしに町中へ戻った。

翌日(9月17日)は、朝から絶好調の晴天だった。
「バンフへ来たら、最初の晴天日にサルファーマウンテンのゴンドラに乗ろう。」
出国前から決めていたことだった。昨年はゴンドラ乗り場で
終わってしまっていたからだ。
サルファーマウンテンの山頂からは、バンフの町並みはもちろん、
遠くロッキーの山々が見渡せる。そして、そこにはWeb Cameraが
備え付けられ、昨年以来ちょくちょくネットでその画面を見ていた。
その風景を、この日、生で見る。
 
ゴンドラ乗り場へは車でB&Bから10分ほどだ。
時間は午前10時もまわってないので、まだ観光客も少なかったが、
ここは日本人観光客が最も集まる場所のひとつなので、
朝から日本人だけは多い。
コウヤマさんから無料チケットをもらっていたので、
売り場には並ばず、すぐに乗れた。
乗り場でチケットを切るバイトちっくな若者に「一人で乗る」と
応えると、「ユー!もったいないよっ なんで一人なの?」
っと、素朴で素直な質問。もう何度も聞かれる質問なので慣れてしまっている。
エ?なんて応えるかって?
「ヾ( ̄o ̄;)チガウってば。かわいいカナディアンを探しにきたのさ」
・・・だいたいのカナディアンはこれでバカうけする。(^_^;)

山頂までは15分ほどで着く。降り場のターミナルから
そのまま山の稜線沿いにウッドデッキがつづき、20分も
歩けば頂上の山小屋に着ける。この山小屋はバンフ開拓時代の観測所だった。
デッキとはいえ、ちょとした山登りだ。息が切れる。
途中、ときどき止まっては、景色に見とれる。快晴の青い空が濃い。
雪のないロッキー山脈が見事に映える。
スイッチバックのような階段を何段も登る先に、赤い屋根の小屋が見えてきた。



山頂到着。
標高2285メートルは、とても太陽が近く感じた。
9月にしては直射日光を熱く感じるが、風は冷たい。澄んだ朝の空気が
視界を一直線に鮮明にさせる。バンフの町や、雪のないカスケード山、
その奥には、何キロも先にある湖や山の稜線がくっきり見えた。
大きく深呼吸して、新鮮な酸素を取り込む。アサバスカの森や
遠く北極海や太平洋から蒸発した水分が育てた地球本来の生搾りというべきか。


視界をバンフの町から大きく左へずらすと手前に湖が見えた。
コウヤマさんとサイクリングしたバミリオン・レイクが見える。
トランスカナダ・ハイウエイが白い線となって左奥へ伸びる。
そのさきは有名なレイク・ルイ−ズ、そしてジャスパーの町に伸びるのだ。

ひととおり、山頂を満喫したあと、
VTRのテープがなくなったので、近くの岩場に座ろうと
辺りを見渡した。ちょうどよさそうな岩があったので、
そっちへ行こうとしたときだった。
女性が一人、こちらに背中を向けて座っていた。
なぜかすこしかがむように座っていて、時々遠くのほうをじっと見ては
また頭を下に落とす。デッサン?そのようだった。
山頂なので、そんなに広くない場所だ。みな、周りの鉄柵寄りに立って
写真をとったり、眺めていたりしている。なので、余計目立った。
腰まである長い髪をふたつに分けて結んでいる。アジアの髪だった。
横をすり抜けながらチラっと「どんな風景書いてるのかなあ・・」と
思い、見ようとした。
ん? あれ? なんか見たことあるような本に、その人はデッサンしていた。
その黒い表紙といい、そのサイズといい・・
ムムム!?もしかして?・・。思い切って声をかけてみた。
「すいません、韓国の方ですか?」「ハイ、そうですけど。」
「わたし日本人なんですが、アナタのその本、見たことあるような
気がするんです。もしかして、その本を昨日、ボウ川の辺りで
失くしませんでしたか?」「Σ('◇'*)エェッ!?はい。そうですっ」
「袋に入っていて、表面に英語で”アナタのダイアリーはココですよ”って
書いてませんでしたか?>^_^<」
「エーッ!!?」  こっちも驚いた。
「その袋に書いてあった文章、わたしが書きました。」 「じゃ、アナタが?!」
立ち上がった女性の髪が太陽に反射してキラキラ光る。

地球ってとてつもなく広いはずなのに、
意外なところで、せまかったりするもんだと思ってしまった。
昨日ボウリバーでのダイアリーの主は、彼女だった。


               つづく


                      
  
  
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