第1章 「極北へ」

   
台風の影響で、ヒロの乗ったエア・カナダ3004便は、
   2時間遅れで成田を飛び立った。
   バンクーバーからウイニペグへ向かう乗り継ぎ便には
   はなから間に合わないことがわかり、
   ヒロは、成田に着いて早々、乗り継ぎ便を新たに
   予約し直したのだ。ウイニペグ到着は現地時間で9月10日夜7時過ぎ。
   これから11時間あまりの空の移動だ。
   1年ぶりのエア・カナダ。垂直尾翼に描かれたメイプルリーフが
   手招きしてるように感じた。

   バンク−バーに到着したら、空港はまさにラッシュアワーだった。
   あとで分かったことだが、太平洋標準時間(PST)9月10日の朝に未確認情報で、
   テロ目的のアラブ人がカナダ経由でアメリカへ渡るということで
   一時、入国税関がクローズしていたらしい。
   おかげで、ヒロは国際線のゲートをくぐるだけで2時間も
   かかってしまった。国内線のゲートまでは普通に歩いても
   15分はかかる。ひろーい空港内を、ヒロは猛ダッシュっ
   のっけからゆったりできない。フライトまで5分しかない。
   大汗かいてAC3632便へ。
   入国時に一緒だったカナディアン家族に機内でまた出会う。聞けば長野へ
   旅行してきたらしい。子供が「信州」と書いた陣笠をかぶっていた。

  
   バンクーバー〜ウイニペグはロッキー越えとなる。
   AC3632便からは、一年中解けることのない雪をつけた山々が見える。

   ホテルデルタ・ウイニペグの部屋に着いたのは
   カナダ中部標準時間(CST)10日午後8時になろうとした頃だった。
   ウイニペグは、カナダ中部の大平原地帯のど真中に位置する。
   少しホテルの周りを歩いたが、トロントにもあったイートンセンターが
   近くにあり、ホテルの目の前には古い教会がある。
   フロント脇のパブに入って、2002年のカナダ最初の夕飯を取った。
   「カナディアン」というビールとバッファローバーガー、だけ頼んだのに、
   メインはこっちじゃないの?っと思うくらいのフライドポテトがついた。
   そうだった。ここはカナダ。主食はパンでもライスでもない。ポテトだ。
   向かいのテーブルに座るカナディアンが話しかけてくる。
   ただでさえ、ここは日本人は珍しいらしい。ましてやシーズンはざまの
   9月だ。いったい何をしに来たんだ、っと言わんばかり。
   「チャチルへ行きます。」っと言ったとたん反応がすごかった。
   「ユーはカメラマンか?」「オーロラはもう見れるのか?」
   「ポーラー・ベア−(シロクマ)を見たことがあるのか?」などなど。
   「全ての答えは明日わかるよ。」っと、答えると「グッド・ラック!」っと
   言って手を伸ばしてきた。だんだんワクワクしてくる。
   部屋に戻り、明日の準備をした。明日は空港脇の小さな滑走路のある
   もうひとつの空港に向かう。「KIVALLIQ AIR」というネイティブ・インディアン
   の航空会社だ。当初予定していた午後発のエア・カナダ便はキャンセルした。
   チャチルでの初日は、昼ごろスタートする「タンドラ・バギー・ツアー」というアクティビティに
   参加する。サマーシーズン中の今は、火曜、木曜、土曜しかやらない。
   明日をのがすと、チャチル滞在中には行われないことを知って、
   午前中にチャチルへ着くこの会社の飛行機をやっと見つけだしたのだ。
   タンドラ・バギーは正午にスタートするので、この便に乗れば間に合う。
   片道5万円した。高かったけど、バギーには絶対乗りたかった。
   チャチル空港から直接バギーのショップへ向かうので、
   カメラ、VTR、服装等、すぐ乗れるようにセットした。

   翌朝、昨晩入ったパブのとなりにあるデリで朝食。
   パンケーキとコーヒー。たっぷりシロップをかけてバクバク食べる。
   空港には午前8時半までに着けばいいらしい。フライトは9時。
   どんな飛行機だろう。かなりローカルだろうから、セスナかな。
   チャチルまでは約2時間の飛行だ。極北へ向かう今日は、
   ヒロのアドベンチャー第一日目だった。
   フロントでタクシーを頼んだら、なんと6メートル近いリムジンが来たっ
   ながーい胴の白いキャデラック。どうせならもうちょっとましな格好で
   乗りたかった。一瞬、ハリウッド気分。読めもしない新聞を車内で
   おおげさに広げてみたり、フカフカの革張りシートに張り付いたり、
   なんとも落ち着かないまま、空港へ。
   
   ここが、空港?
   そこには、看板があるが「RENT CAR OFFICE」って書いてあった。
   中に入ると、やっぱりレンタカーのカウンターがある。
   聞いてみたら、ここでいいと言う。しばらくして、大きな体重計を引いた
   女性が現れて、「ここに荷物をのっけてよ」と言った。
   「CHURCHILL」と書いてあるシールをスーツケースに貼って、名前を
   言ったら、チェックインは終了した。チケットはない。なんともカンタン。
   あとから他の乗客も来た。おもいっきりエスキモー顔ばかり。4人と3人と
   ヒロ。それと猫と犬が1匹づつ。それに鶏もいた。それで全員で、しかも満席だった。
   定員8名のウイニペグ発チャチル行きFK631便は定刻どおり9時に
   離陸した。パイロットは2人。うち1人がスッチー兼任だった。
   まだ水平飛行にもなってないのに、いきなり後ろを振り向いて話す。
   「本日は、当機を利用してあんがとネ。あとでクッキーとジュースあげるよ」
   そんな具合。機内は奥行き5メートルほど。かがまないと歩けない高さの
   双発機だった。

   ・・・今思えば、このフライトも奇跡にちかい。
   飛行機に乗るまで10分ほど時間があり、ふとTVを視界の端に
   見ていた。画面に写る景色は、やけに霧の濃いどこかの都市のように見えたのを
   覚えている。
   意識したのは、その程度だ。本当は瓦礫と煙にうまるNYなのに。
   世界中の空港が閉鎖され、飛行機がストップされたはずなのに、FK631便は
   何事もなかったように、当たり前のように飛んだ。
   悪夢の9月11日の朝だった。ヒロはこのとき、まだ全く何も知らなかった。
   誰も見ていないTVだけが、NYの惨劇を伝えていた。

                   
                         つづく
   

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